大越智華子の自己紹介です。 大越智華子の活動情報、講習会やお酒に関するイベントなどのお知らせページです。 酒屋歴22年・お酒を愛してやまない大越智華子の酒ブログ 大越智華子がお酒について紹介したいお話、お酒への想いをつづります。 大越智華子の原点「リカープラザ」のHPです。 お問い合わせやご質問、ご意見、ご感想がございましたらこちらからお願いいたします。

鹿児島&宮崎 焼酎蔵訪問と芋畑訪問紀行

企画:酒スクール/インフィニット代表・菅田祐一氏
現地コーディネート:鹿児島/宝納酒店店主・若松隆男氏
参加者:10名
平成19年10月7日〜9日 2泊3日
訪問先:鹿児島/小正酒造様  鹿児島/東馬場農場様  鹿児島/佐藤酒造様
宮崎/渡邊酒造様  宮崎/黒木本店様  宮崎/尾鈴山蒸留所様


関東が漸く秋めいてきた10月初旬、私にとって三度目の九州の旅が始まった。

店を3日空けるのは今年に入って始めて。何だかんだと多忙な日が続いていたこともあり、
ANA機が離陸した途端、ホッと気が抜けた。隣席にいる弟の裕蔵も同じ思いかな。
今回はSSIの講師先輩でもある、菅田氏からのお誘いを受けて、弟の裕蔵とともに参加させて頂いた。
私は正直、九州の焼酎蔵を訪問したことが無かった。
どちらかというと日本酒寄りであったかも知れない。

ブームに押されて高騰していたことが気に入らなかったし、正直、蒸留酒として甘く見ていた感は否めない。
だが、本格焼酎国酒である。一度はしっかりと現地に出向きたいと考えていた矢先に
菅田氏からの朗報が舞い込んだのだ。案内のメール受信直後に、是非参加したいです!
と即返信したのは8月の暑い盛りだったと思う。

また即OKしたのは、さすが菅田氏の訪問先セレクションが魅力だったこともあった。
本格焼酎の品揃えと情報の多さを誇る弊社の本店で店長を任せる二番目の弟・裕蔵にも
是非見ててもらいたい焼酎蔵だった。彼も即参加を希望した。

 

 


【小正酒造】

 数日前まで九州に台風接近と予報されていたが、鹿児島上空はどうやら曇り空のようだ。
午前11時半、鹿児島空港に着。今回の現地コーディネータをお願いする、鹿児島で本格焼酎の専門店を営む若松氏に出迎えていただき、
一歩外を出ると"ムッとした"暑さを感じる。長袖のカーディガンは必要なく鹿児島の暖かな日差しを浴びることにした。
総勢11名の我々の団体は2台のレンタカーに分乗し鹿児島市内を出た。
最初の訪問先は日置市日吉町【小正醸造】。芋焼酎では「蔵の師魂」「さつま小鶴」、米焼酎では「メロー小鶴」で有名な焼酎蔵である。迎えてくれたのは、大番頭の古河潔氏。胸板の厚い大きな体からは想像もつかない、あふれんばかりの優しい笑顔が素敵な方。小正醸造の大まかな概略をビデオ鑑賞した後、醸造所へ案内された。

 


 

まず、芋処理所。ここで私は想像以上の大きな芋と遭遇した。サツマイモのイメージや我々が学習するテキストの中の芋のサイズとは全く違ったのだ。
芋はコガネセンガン。その迫力ある芋の姿に圧倒されているなか、古河氏が芋について熱く語り始めた。

・小正醸造で使用する芋は金峰町の芋が主
・仕込み時は毎日50トンの芋を使用
・芋の造り手は東馬場さんという黄綬褒章なども受章されているお百姓さん
・その日のうちに仕込むため、朝掘りした芋を届けてもらうこと
・台風などで朝掘りの芋が届かないと仕込み全体に支障がでてしまう

うん、うんと頷きながら醸造所内を進むと芋の選別が行われていた。彼らの真剣な眼差しの先には
次々と芋が運ばれてくる。ここで傷のある芋など仕込みにそぐわないものが分別されてゆく。この瞬間こそ芋焼酎作りの始まりなのだと、その時はそう感じていた。

小正醸造ではいわゆる大量生産酒のほかに、すべて手造りかめ壷貯蔵を行う希少な芋焼酎もある。伝統ある芋焼酎仕込みそのままの姿を見ることができた。手造り蔵は優しい香りがした。醸造したばかりのハナタレをいただきそのまろやかな味わいに魅了された。

 

 

 


 

日置の醸造所から少し車で移動し芋畑を右に左に見ていく先に、とてつもなく大きな門構えの貯蔵庫が現れた。
厳重に鍵のかかった門をくぐると、まるでカルフォルニアのシャトーを思わせるレンガをあしらった貯蔵庫と近代的な倉庫がある。
ここは焼酎を熟成させるための静かな場所だったのだ。
ここで眠っていた「メロー小鶴エクセレント」は今年で50周年を迎える看板商品でもある。
オーク樽がまるで自動車の立体車庫のように整列していた。この静かな眠りが我々の喉越しを喜ばせてくれるのか。

貯蔵庫のなかで汗だくになりながらも熱っぽく語る古河氏にとって、この眠りについている樽たちが出荷されるのは娘をにだすような心境になるのだろう。私が九州・鹿児島で出会った焼酎を愛する人お一人目。

 

 


【東馬場農場】

 再び古河氏が同行して向かった先は、南さつま市金峰町東馬場農場さんである。今回、芋掘り体験ができるのも魅力のひとつ。
車は畑のあぜ道をどんどんと進み、芋畑のど真ん中で止まった。って、え?ここで?着替えは?
飛行機に乗るのに畑作業OKの装いではない女性陣は、車の中であちこち捻りながら芋畑に見守られながらも作業着に着替えゴム手袋の上に軍手をつけ完全武装でいざ芋畑へ!
 

 


 

ガーッとかゴーッとうねりを上げている芋堀り機には土の中から引っこ抜かれた芋たちが次々と顔を見せ、機械にセットされた、芋1トンが入る大きな袋に放り込まれてゆく。

古河氏も芋堀り機に乗り込み、どんどん私たちから遠ざかってゆく。なるほど、今の芋掘りってこうゆうことなんだと、そこで気がついた。実際に手で引っこ抜こうとしても小さいな芋ならそんなに苦労はいらないが大きな芋の場合は手じゃ無理無理

「次っ〜誰〜?!早く乗って!!」とデレデレしていた私たちに渇が入り、私が飛び乗った芋掘り機に弟も乗り込んできた。目の前のミニベルトコンベアーみたいなところに、引っこ抜かれた芋が上がってくる。それらは大きさバラバラ、形はめちゃくちゃ。これが芋??〜と思うものまで様々なのだ。それらを同乗しているおばさんの指導で使える芋そうでない芋とを瞬時で見分け、使える芋についているヒゲを取り芋袋に投げ込んだ。

芋掘り機の振動たるやものすごく踏ん張っていないとよろけてしまう。一瞬、タイで象に乗った時のことを思いだした。そのミニベルトコンベアーに本当にものすごい早さで芋が流れてくる。私と弟はおばさんに「もっと早く!今のは小さすぎるから入れちゃダメ!もっと芋をよく見て!」などと叱られながらたった2本の線だけの芋掘り初体験をした・・・。
(この時点で私は多分農家には嫁げないことを自覚・・・)

 

 


 

この芋畑を作っている東馬場伸氏は小柄ながらも真っ黒に日焼けした顔は仕事人としての貫禄と顔同様真っ黒の腕には百姓としての力強さを感じる方だった。この東馬場さんは甘藷のほか、たばこや稲も作る方だ。自らを「土作り百姓」と呼び、その苦労や功績をかわれ平成13年には天皇杯受賞、平成18年には黄綬褒章受賞という、すごいタイトルをお持ちのお百姓さんだったのだ!
天皇とは何度かお会いにならたれたと古河氏からお聞きした。

そしてもっと驚いたのはその大きな畑の管理は殆どご家族で管理をされているということ。真っ黒&泥だらけになりながらご一緒に仕事をされていたのは娘婿さんだという。そのお二人の顔に苦労のくの字も見えない、素晴らしい笑顔のなかにあるのは、農家としての誇りそのものだった。

我々が退散する時刻。日も落ちかけてきた、がまだ芋掘り作用が続くという。台風接近予報もあり明日のためにも今日できる事はしてしまいたいという。農家にとって天候との戦いはずっと続くのだ。

そして解ったことがある。芋焼酎作りの原点にあるのはこの農家の芋作りからなんだと。

東馬場さんご家族、私が九州・鹿児島で出会った焼酎を愛する人お二人目。

 

 


 

鹿児島市内に戻るころには8時近くになっていた。若松氏の宝納酒店を訪問する。関東ではプレミア品の人気焼酎が「本当の価格」で並んでいる。
当たり前のことだが・・・。圧倒される私たち。これが本来の姿なのにね。
プレミア品を作り上げた「心ない悪徳業者」とそれに便乗させられた消費者。どちらも悪いのではないか?

 

 


 

夕食&懇親会は、若松氏のご手配により市内中心地の居酒屋さんでおいしいひと時を過ごした。
きびなごのお刺身がおいしかったこと!そして今日のために若松氏が注文してくれていた「酒寿司」と言われる鹿児島の郷土料理も本当に美味でした!

桜島が目の前に見える鹿児島東急ホテルに宿泊。東京から出てあっという間の一日だったがとても充実した気分で寝る前の一杯を夜景が美しい桜島を見ながら楽しんだ。

 

 


 

 2日目の朝、太陽が眩しいくらいのお天気だった。私の雨女は有名だが今回登場しないらしい。一先ず安心。
酒蔵訪問のため、もちろん納豆の朝食は絶対厳禁!今日は2蔵をまわり宮崎に移動する日だ。
若松氏の車も加わり3台でいざ出発。

訪問の前にちょっとだけ寄り道をして、西郷どんが構えた高台に上って鹿児島市内を見渡した。いつも間にか曇り空となり桜島がぼやけてみえる。

 

 


【佐藤酒造】

超特急でミニミニ観光の後、目指すは、霧島市牧園町【佐藤酒造】さんである。
芋焼酎ブームのなかで常に中心的存在、憧れ的存在でもあった「佐藤・白」「佐藤・黒」は有名すぎるくらい有名だ。
高速を使い目指すこと数時間、途中朝はあんなにお天気だったのに大雨に遭遇。しかし、霧島を抜け佐藤酒造さんにつく頃にはすっかりお天気になっていた。

 


 

祭日の月曜日に訪問することになり、当日事務所はお休みだったが総務の鳥越信二さんが迎えてくださった。
大きな身体とお口のお髭と目の鋭さはちょっと強面のお兄さんという感じだ。後で知ったがこの鳥越さんはあの「美味しんぼ」の95巻にも登場している、有名人だった。

 

 


 

早速、作業が行われている醸造所に入る。そこでまずびっくりしたことは、作業場に足を踏み入れた途端に
「こんにちは〜っ」「こんにちは〜っ」とめちゃくちゃ元気な声&飛びっきりの笑顔で迎えてくれたスタッフたちの姿だった。
そこでは芋の選別&芋洗い作業が行われていた。私も蔵元訪問は何度もしているが、こんなに元気気持ちのよい挨拶は初めてだ!
我々の一行も皆その元気のよさには驚いていた。
私たちの驚きを他所に鳥越氏が語り始めた。

・佐藤で使用する芋について、産地にこだわりはない
・朝掘り芋は使用しない
・だが芋の造り手にはこだわる
・出来のよくない芋は使わない
・芋洗いは機械だけでなく全てひとつひとつチェックしながらブラシで洗う
・大きなサイズの芋はひとつひとつ包丁で切ってから処理をする

強面のお兄さんはどれだけいい芋が必要なのかを熱く熱く語る、その姿からある一種のオーラを放っている。
そして佐藤の蔵の自慢は「どこも整理整頓されてキレイである」と語る。だらしなくしない!というのもモットーらしい。
「見てもらえばわかります」と自信たっぷりにおっしゃっていた。

 

 


 

ついで蔵の中へ。一次仕込みが始まっている、そこではタンクには手を触れないでくれという。また仕込み中のタンクの香りをかぐときに手を入れて鼻にもってゆくが、それもしないでくれという。ここまで注意されるのは初めてだった。

精麹の場面に遭遇。そこでも若い男性スタッフが思い切り元気な声で明るく挨拶してくれた。まるで高校や大学の熱血スポーツ系並の挨拶なのだ。その笑顔のなかの汗だくの顔にはやはり仕事に対してプライドを持って作業する真剣な眼差しがある。

九州男児とよく言うが、マジその姿はカッコ良すぎ〜
また一人現れた。彼も熱血スポーツ部の挨拶をしながら我々に笑顔を振りまく。う〜んココはいったい何なのか?
鳥越氏が怖いのか?社の方針なんだろうか??
すると鳥越氏は言う。

「ウチのスタッフは皆元気がいいでしょう、あの挨拶はやらされているのじゃないんですよ、彼らは"佐藤"をおいしく飲んでほしい、この田舎で造られている"佐藤"の本当の姿を知ってほしい、とスタッフがグループごとに話し合いを重ねてきた結果、彼らがこうしよう、ああしよう、と決めたことなのです。会社が強制して挨拶させている訳ではないですよ。
自然とそうなっていったのです」

鳥越氏をはじめスタッフは経営者ではない。だが皆がひとつになって経営者と同じを持って佐藤を作っていると感じた。この若き力こそ銘焼酎「佐藤」の宝ではないだろうか?

故に「佐藤」がここまで有名になったのは単純に数量の問題ではない。蔵の気持ちが味わいとなり、
今の私の感動と同じ感動を「飲んで」感じたのだ。

「佐藤」独特の麹造りと蒸留機から生まれた一滴一滴は3年の眠りから覚めたときに漸く出荷となる。
巷では大勢の人々が一万円札を握り締めその眠りの覚めるのを今か今かと待っていることも知らずに。
いうまでもなく、私が九州・鹿児島で出会った焼酎を愛する人三人目は「佐藤のスタッフ全員」だ!

 

 


 

衝撃の佐藤訪問の後は若松氏が加治木町の龍門の滝にある「いち禅」で流し素麺の昼食をとる。
何と鹿児島は「流し素麺」発祥の地とのこと。
知らなかった〜。程好く甘いタレも鹿児島ならではなのだろう。関東の素麺つゆよりまろやかなこと。
あの焼き魚とおむすび、本当に美味しかった!

 

 


【渡邊酒造所】

さぁいよいよ宮崎へ!高速をとばし次なる目的地は宮崎市【渡邊酒造所】さんである。

こちらのお蔵はかの有名な「萬年」を造る焼酎蔵である。萬年の人気からして少し大きめのお蔵かと想像していたが、さりげない佇まいの小さなお蔵だった。迎えてくださったのはご子息の渡邊幸一朗さん。

「こんな田舎の小さな蔵によくお出でいただきました」ととても腰が低く、
お優しそうな物言いからお人柄が見えた。

お話では祖父である叔父様が84歳でまだまだご健在、焼酎造りに励んでおられるとのこと、そしてお父様も幸一朗さんも一緒になってこの「萬年」を造っているのだという。ということは親子3代で「萬年」は生まれているのだ。これぞ本物の焼酎蔵の原点ではないか!

いわゆる家族蔵というが、どこぞの国から持ってきているのか定かではない原料や乾燥穀物を用い大量生産に励む大手焼酎メーカー工業的本格焼酎ではない手造りの本来の焼酎蔵なのである。規模の小ささ故に大変なご苦労もたくさんあるだろうが、家族蔵の素晴らしさを実感した。

 

 


 

それは蔵のなかに現れていた。もとはもっと小さな醸造所たっだのだろう、建て増し建て増しが窺える蔵のなかで幸一朗氏が語り始めていた。

するとその表情は先ほどの穏やかなお顔とは全くの別人で、焼酎仕事人の真剣なお顔になっていたのだ。蔵に入った途端、その魂が乗り移ったかのように精麹のこと、仕込みのこと、蒸留のこと、貯蔵のことをお話いただいた。

何より感心したことは芋の苗についてとても研究しておられること。芋博士!とでも言いたくなるほどだ。バイオで造る芋種を研究しているようだ。醸造所の裏手には芋種をつくるハウスまである。

しかしこだわっていたのは芋だけではなかった。麦の研究もしておられ、新種のはだか麦「万年星」も彼の努力あっての焼酎だ。また社長であるお父様は工務店のような難しい蔵の施工などもご自身の手で行うそうで、どうりでお蔵のなかは手造りのぬくもりがいっぱいだ。

 

 


 

ここでまた衝撃的な事実が判明。それは焼酎蔵で出る「焼酎粕」の処理問題だった。

屋外に出ると、おおきなプールに蓋をしたようなゴツゴツした装置が置かれていた。これはその焼酎粕を処理するものだという。焼酎粕は工業的廃棄物となり自社でそれなりの処理方法をとらなくてはならない。

この装置の設置に莫大な費用が掛かったという。というお金が。多少は国からの援助なりが出るはずだがとの質問に出るには出るがそれは、たらい回し状態にされ、何だかんだと出た補助金小額だったらしい。

大量に工業的廃棄物を産する大手から取るのならまだしも、日本酒同様、本格焼酎も日本の国酒である!世界に誇れる高度な技術を持ったスピリッツなのである。その国酒を造る九州の小規模な家族蔵に対して、補助金をしっかりと出し、いいものを生産してもらうのは国の仕事といって過言ではない。

本当に日本のオヤクショシゴトはこれだから大嫌い。

 

 


 

一通りの見学後、社長の渡邊友美氏にお会いすることができた。穏やかな笑顔で「ようこそいらっしゃいました」と本当にお優しそうな印象を受けこの親子が作る本格焼酎「萬年」の円やかで優しい味わいはここからきているのだと実感。

その日叔父様は、朝早くからの畑仕事で疲れて、今は休んでおられるとのこと。ご挨拶出来なくてすみません、と幸一朗さんは最初にお会いしたときのお顔になっていた。
私が九州・宮崎で出会った焼酎を愛する人四人目は「萬年の渡邊さん親子三代」です。

 

 


 

大満足の2日目を終え、本日の宿泊先へ。車で移動すること1時間くらいだったか。シーガイヤリゾート内にあるゴルフ場に併設されたリゾートホテルだった。

焼酎にはカンケーないのだが、私にとってはおおきなサプライズが待っていた・・・

何と!フェニックスリーグのため宮崎に来ていた阪神タイガースご一行様と同じホテルだったのだ!!岡田監督広沢コーチ秀太(多分)と2軍選手数名に会ってしまったのだ!
久々に胸がドキドキした♪あ〜あ。金本兄貴藤川クンにも会いたかったなぁ。

お夕飯はバイキングだったが、宮崎名物「ひや汁」がいちばん美味しかった!

 

 


【黒木本店&尾鈴山蒸留所】

さて3日目最終日。今日の目的地は黒木本店尾鈴山蒸留所である。
3台の車は想像とは違う町の中へ入ってゆく。商店街という派手さはないものの、どう見ても街中だ。こんなところに黒木本店があるのだろうか?
初めて行く人は誰もがそう思うはずだと、辺りをきょろきょろしてると車が止まる。え?ここ?と下車した目の前には、写真でみたことのある黒木本店の入り口が目の前にあった。

 


 

風情ある玄関先にはまるで美術館のように石造りのオブジェが置かれている。

こちらへどうぞと案内された2Fのお部屋はまるでログハウスのような丸太を使った木造りの暖かみのある応接室だった。丸太の椅子に座った皆は少々緊張気味?のように見えた。そこへ登場したのが、黒木敏之社長である。やはりこの方も想像していたよりもお若く、フットボールの選手のような体格のよさと素敵な笑顔だ。そして大きな声でご挨拶いただいた。

 

 


 

まず社長の経営理念と、黒木本店の目指しているお話を伺った。
隣の裕蔵は仕切りに黒木社長のお話をパソコンに向かって打ち込んでいる。

まず黒木本店が自信をもって掲げていることは、エコリサイクルの実践とのこと。手元のパンフレットには焼酎造りから出る廃液をどのように処理してゆくかがあり、有機性廃液→肥料→サツマイモ栽培→焼酎造り→そしてまた有機性廃液と無公害でのリサイクルを行っているとの熱いお話。(これは正しく裕蔵が好きそうなお話だ・・・)

要するに百年の孤独の肥料があるわけだ。ウチの花屋で売れるかな!?今日はそれら全てを見せていただけるという。そして午後は尾鈴山蒸留所へ黒木社長が自ら案内していただけるとのこと。これには若松氏も驚いていたが、それは若松氏のご人徳あってのこと。若松さん、本当に感謝します。

 

 


 

まずは本店を工場長が案内します、とのことで我々が進んだその先で見たものは・・・!

「百年の孤独」が眠っている貯蔵庫であった。皆バシバシとデジカメで撮っていたが、工場長からご自身の楽しみ程度に収めててくださいね、とやんわり注意を受けた。ワイン貯蔵庫のように高く重ねられたオーク樽。それはそれは圧巻であった。本当にこれは一見の価値がある。というか、見せて頂いたことに感謝せねばならない。

ある一種の感動を覚えたあとは、白衣に着替え醸造所へ。喜六を仕込んでいた貯蔵タンクに見入る。もろみの状態を試飲させていただく。
この時点ですでに上品な甘さを感じた。先へ進むなか、研究室を覗くと「品質第一。スムーズ且つビューティフルに!」という言葉が目に入る。
本格焼酎造りには美しさも大事だったのか・・・。
皆はそれぞれの質問をしながらウンウンと頷き必死にメモを取っている。

そしてついに蒸留場へ。ここは一番気を使う現場だという。
蒸留器から最初に出てくる「出ばな」「ハナタレ」と呼ぶ。黒木本店の「ハナタレ」はあまりにも有名だが、その原酒ですよと、試飲させていただいたものは80度以上のアルコールというすごいものだった。

80度以上あるとは思えない円やかさ!一瞬口中に広がるアルコールの強さは直ぐになめらかで心地よい。
1グラスが一通り皆のもとへ回ると、工場長は2回目のほうがいいよ!とまたしてもグラスが皆を回る。えっ?と言いながら嬉しさを隠せずににんまりと口に含むと・・・本当に先ほどの一口よりうんと円やかになっている!

工場長は笑いながら3杯目のほうがもっと美味しいよ!・・・。80度もあるのに大丈夫かなぁと思いつつも3口目に突入。これは更に旨い!口が慣れてくるからだが、本当に旨い。クセになりそうな「ハナタレの基」の初体験。

黒木本店のカタログに「ハナタレ」は"焼酎造りに精進する蔵人にとって魂を癒す妙薬"と書いてあるが、これこそが黒木本店の釜炊き職人の成せる技なのだろう。

 


 

80度の酔いもなく蒸留所を出ると黒木社長が待っていた。ここからは車で芋畑や飼料&肥料造り見学に向かうとのこと。一行は3台の車に分散し黒木社長自らの案内に従う。

着いた先は芋畑のど真ん中。ここでは「ジョイホワイト」を栽培していた。ここの栽培責任者であるスタッフは愛知大学の醸造科を大学院まで出て黒木で働きたいと志願して5年目になるという。とても優秀な男なんだと黒木社長が車中で褒めていたスタッフさんだ。またしても若い。これまで出会った焼酎人は皆若いことに改めて気付いた。

彼が熱心にこの有機栽培の畑について語ってくれた。泥だらけの長靴と汚れた作業着が黒木の焼酎造りの原点なのだと感じる。彼の芋への愛情がひしひしと伝わった。がこれだけではなかった。車が移動した先にあったものは、大きな水田だった。

自社で有機栽培する黒木ではひとつの畑で、芋の栽培→水田→米の栽培→水田→麦の栽培と三作をしているのだという。合間に水田にすることによって土の中の害虫を駆除できるらしい。

更に車は奥へ進むとそこに現れたのは、飼料工場と肥料に作り変えるための再生地であった。ここでつくられる有機土壌改良肥料「蘇る大地」は黒木焼酎の原料農作物すべてに有効に使用されてゆく。そして飼料は地元の豚さんたちに振舞われる。この飼料で育った宮崎の豚さんたちはとても柔らかな肉といなり、排出物も匂わないとのこと。

黒木社長はいう。「私たちは農業をしているのです」。原料へのこだわりと大地への感謝、そしてそこから生まれる焼酎、そしてその焼酎から生まれる廃液の有効利用から次の焼酎原料へつなぐ。それら全てをこの目で確認できたことは大変良かった。

 

 


 

ここまで約2時間半ほどだったか、地元の美味しいお昼を黒木社長ご推薦のお店で頂く。素朴な味わいが何とも懐かしいものだった。

ここから見えるあの山が尾鈴山だという。急ぎ足のお昼のあと、休む間もなく尾鈴山蒸留所へ。

車はどんどん山を登る。車の窓から見えるのは麓の小さな村。かなり登ったみたいだ。まだかしら?こんな山奥に蒸留所が?と皆が思っていたに違いない。

「着きましたよ〜」と黒木社長の目の前には立派な「尾鈴山蒸留所」と彫られた美しい御影石(多分)の看板(表札?)があった。

 

 


 

着いた頃降り始めたに小雨が私たちを歓迎してくれた。ひっそりとした静かな山の中、緑が雨でキラキラとか輝き、これ以上ないマイナスイオン効果。箱根の「山のホテル」のお庭を思わせる雰囲気のなか、いい気持ちで小雨に打たれて歩く先には、ん?あれは別荘なのかなぁ?と思うログハウスのようなお洒落な建物と二階建ての大きくて真っ黒な建物があった。

黒木社長は「リゾートホテルじゃないですよ(笑)ここが尾鈴山蒸留所です。」

一同想像とは全く違ったモダンでお洒落な建物に驚いた。有名な建築家に設計を依頼したというこの蔵はログハウスと蒸留所が総ガラス張りの渡り廊下で繋がれていて、博物館のようだ。下の階にはシングルモルトを見て思い浮かんだという、めちゃくちゃお洒落な貯蔵庫。これだけを見ると焼酎が眠っているとは誰も思えないだろう。

この尾鈴山蒸留所では「山ねこ」「山蝉」「山猿」が生まれる。「この山ねこ。いいでしょ?!」とキュートな笑顔たっぷりの黒木社長は本当に嬉しそうだった。

無論、私が九州・宮崎で出会った焼酎を愛する人五人目は「黒木本店に関る全てのスタッフさん」。

 


時刻はすでに16時を回っていた。半日ほど費やした黒木訪問で一行はそれぞれに感じ入ったことがあっただろう。

宮崎空港へ向かう。2泊3日の焼酎蔵訪問ツアーもあとわずか。あっという間という気もするが、それ以上に充実した3日間であったからか、とても一週間くらい滞在していたようにも感じる。不思議だった。

まず来て良かった、
現地で現場を知ることができてよかった。
本格焼酎の造りをしている人たちに出会えてよかった。
芋の栽培に必死になっている人たちに会えてよかった。
本当にこんなに感動した訪問は久しぶり。
菅田氏に大感謝。若松氏に大感謝。
留守の間、店を守っていてくれたスタッフにも感謝。
皆さんありがとうございました。

平成19年10月16日  大越智華子

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